Der Lezte Tanz

観劇、映画鑑賞、読書のキロク。たまにひとりごと。

2024.10.26 舞台「セツアンの善人」マチネ公演:善き人でいることの難しさ

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ここ2~3年は、毎年高橋一生さんか木村達成さんが必ずストレートプレイに出演してくれていたおかげで、その年の早い段階(少なくとも上半期中)でストレートプレイを観劇できてたんですが、2024年は一生さんの舞台出演なし、達成さんも2023年の「スリル・ミー」以来、舞台出演はお休みされていたので、今作が2024年2本目のストレートプレイ観劇でした。

(「千と千尋の神隠し」はストプレに数えていいんですよね…?音楽劇ではないし…)

 

 というわけで、久々に頭をフル回転させてがっつりお芝居を全身で浴びてきました~~~~!!!!!

 

達成さんが出演していなければ絶対に自分では選ばない作品なので、新しい世界を知ることができて本当にありがたいです。野田地図の「兎、波を走る」で知ったブレヒトの作品という点でも気になってたので、観られて良かったです。

 

80年前にブレヒトが書いた作品らしいんですが、今の時代に上演しても全く古くないどころか、むしろ今の時代の方がしっくりくる作品になってしまっているのではないか…と思うくらい。もしかしたら人間が社会を構築して生きていく上で、普遍のテーマなのかもしれません。

 

今回一度きりの観劇だったんですが、お金が許せばもう一度観たかったです。文庫本で脚本が出てるみたいなので、読んでみようかなぁ。


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以下、感想メモです。わりと長くなってしまった…。

 

・主人公のシェン・テは、自分がどんなに貧しくても、困っている人を見ていると放っておけなくて助けてしまう人。そんな彼女を見て善人を探す旅をしていた3人の神様たちが、「彼女こそ善人だ!」とシェン・テに大金を渡して「このまま善人であれ」と言い残していくところから物語がスタートしました。

 

セツアンは場所の名前で、人々は貧しくそのせいで心がすさんでいて「自分さえ良ければ人はどうだっていい」という人たちばかりが集っているがゆえに、シェン・テの「親切心」は良いように利用されるばかり。

 

「正直者が馬鹿を見る」ということわざとはちょっと違うかもしれませんが、「人として清廉潔白に生きている人」が割を食って「ずる賢く生きる人」が得をする…というのは、ブレヒトがこの作品を生み出す前も後も、いつの時代も同じなのかもしれません。

 

道徳的にはもちろん清廉潔白に生きていくことが一番いいのだけど、そんな純粋に生きていたらこんな汚い世界を生き延びることはできないし…。となると、この世を「善人」として生きていくには、例えば全世界の人たちが「せーの!」で一斉に善人になるという奇跡でも起こらないくらい、おそらく無理なんだろうな…。

 

・というか、そもそも「善人」って何?????あんなに他の人には親切で「場末の天使」と呼ばれたシェン・テも、他人に利用されるばかりな自分自身に疲れて、シュイ・タという全く別人を演じることになり、最終的に袋小路に追いつめられたわけですし…。

 

あと誰かのセリフで「自分が人に親切にしていることで気持ちよくなる」という言葉もあった通り、「困っている人に手を差し伸べている自分」に酔っている…というケースもあるわけで。それは、他人にやさしくしない人よりもよほどいいかもしれませんが、それでも「本当のやさしさ」「真の善人」なのか?という部分では、個人的に疑問に残ります。

 

 

だからといって、それこそ神様みたいな無償の愛を誰彼構わず与える、なんてことをしていたら、間違いなく身ぐるみ剥がされて自らの幸せを追求するのは到底難しくなるので…。考えれば考えるほど、どうしたらいいのかわからなくなるテーマでした。

 

・この作品の実際のラストがどうなっているのかは、ブレヒトが書いたオリジナルを読まないといけないと思いますが、今回の白井さん演出だと、シェン・テの裁判のシーンで、シェン・テが最終的に「自分がシュイ・タでもあった」ことを裁判官三人(=神様三人)に自白したところで唐突に終わっちゃってました。

 

裁判を傍聴していた(?)中の1人が、いわゆる第四の壁をぶち破って客席に向かって「シェン・テが『いい結末』を迎えるかどうかは、皆さん次第です」といったようなニュアンスのセリフを投げかけてきて終演でした。

 

結末をはっきりさせず、客席に解釈を投げたまま終わるのは、好き嫌いがわかれそうではありましたが、多分どうやっても「これが正解」という結末は出ないでしょうし、でも「善き人が報われる世の中になるにはどうしたらいいか」は、みんなで考えていかなきゃねという風に受け取れたので、個人的には好きな終わり方でした。

 

・演出で面白いなと感じたシーンが2つありました。

 

ひとつは渡部豪太さんが演じる水売りのワンが、舞台下の空間にただ寝そべるだけのシーンが2回あったこと。

 

記憶があいまいなのですが、確かワンは神様たちに寝床をすぐ用意できなかった代わり(?)に「シェン・テが大金を得た後もちゃんと『善人』として生きているか、見張っておけ」と見張り役をやらされてたので、シェン・テが舞台上にいるシーンで舞台下の空間で見張りしてた…んだと思います。最前列のお客さん、足元に役者さんがずーーーーっと寝転がったままだったので気が気じゃなかったのでは…笑

 

もうひとつは、上演中ずっと使われていた「空のペットボトル」。

 

冒頭、喉が渇いた人たちが水売りのワンが売る水のペットボトルに群がり、お金も払わずにその水を奪って飲む、みたいなシーンがあったんですが、空になったペットボトルをそのまま舞台上に捨てていくんです。

 

その後もそれらが特に拾われることなく、たまに空のペットボトルが追加投入されたり、役者さんたちはよけずにあえて踏んでたりしていて、一体どういう意図なんだろうか…とずっと不思議に思いながら観てました。

 

お金を払わず奪った水でも喉の渇きは癒されるけど、それを飲めば飲むほど人としての心は空虚になっていく…みたいなことなのでしょうか。

 

葵わかなちゃんのシェン・テ/シュイ・タ。お見事でした。2時間超ある作品で、ほとんど出ずっぱり。セリフ量はものすごく多かったですし、なぜか歌も結構あり(これが全然メロディがない楽曲ばかりで、むしろ歌うのめちゃくちゃ難しそうでした)、一人二役なので着替えもたくさん。

 

でも(表現が難しいんですが)すごく淡々と軽やかに演じているのが印象的でした。やっぱりものすごく若いときに朝ドラヒロインを全うした人って、ちょっと次元が違うんだろうか…。

 

声質は比較的ソフトなのにすごくよく通るのも不思議。滑舌もよくて聞きやすかったです。シュイ・タを演じているときの宝塚男役みたいな声も素敵で、なかなかのはまり役だったのでは。

 

ちなみに過去の別演出版では、松たか子さんがこの役を演じていたと聞いてめちゃくちゃ納得しました。観てみたかったなぁ。

 

実は私の周りでは彼女の評判はなぜかあんまり良くないんですが(同性に好かれないタイプなのかな…?)、個人的には(ファンになるほどではなく、出演作は絶対に観たいとまでは思わないけれど)わりと好きな役者さんです。今回観て、ミュージカルよりもストプレの方が合ってるような気もしました。

 

・達成さんのヤン・スン。めちゃくちゃクズ…!しかし顔が良すぎるがゆえにクズっぽさが薄まって見える…!(え?)

 

「達成さんの舞台のお芝居、また観られるの楽しみ…!」ってるんるんで観に行って、登場して真っ先に思ったことが「顔がいい!!!!!!!!!!!」だったので(ちょろい)

 

正直物語やセリフを取りこぼさないようにと必死だったので、達成さんのお芝居を堪能するまでには至らなかったんですが、相変わらずセリフ回しも表情も、細やかな部分まで表現されてました。

 

お休み中、いろいろアクティブに自分の好きなこと・やりたいことを満喫されてたからか、なんだか野性味も増して見えたかも?

 

FCは(他にいろいろ入りすぎて)泣く泣くやめちゃったんですが、今後も出演作はなるべく追いかけていきたいなと思えました。