Der Lezte Tanz

観劇、映画鑑賞、読書のキロク。たまにひとりごと。

2024.3.23 ミュージカル「カム フロム アウェイ」マチネ公演:傷つけあったり助けあったり

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興味がないわけではなかったけれど、当初は全く観る予定のなかった「カムフロムアウェイ」。

 

開幕後はほぼ絶賛評がSNSに流れてきたのと、上演時間100分で予定の調整もしやすそうだったのと、このメンバーが集まるのも今後そうないだろうなと思ったのと、土日の公演でもまだA席が余ってたので行ってみました。

 

2001年9月11日に起こった同時多発テロにより、アメリカの領空が封鎖されてしまったために行き場を失った何台もの旅客機。そのたくさんの旅客機が、カナダにある人口1万人の町・ガンダーに降り立った出来事を描いたミュージカル。

 

あのテロ事件のとき、私はまだ小学生でした。テレビでその映像を見た記憶はあったけど、まさかあの裏でこんな出来事があったとは…。


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題材的に、アメリカで人気が出るのはなんとなく分かりますが、同じ作品を日本に持ってきたとてウケるかわかんないよな~と、発表されたときは申し訳なくもちょっと冷めた目で見てたんですが………なるほど、これは面白かったです。

 

舞台セットは一切転換することがなく(多分暗転が1回もなかったです)、中央の盆が回るのみ。キャストも12名のみで、ガンダーの町の人と、飛行機の乗客を1人数役担当し、ほとんど舞台上で役を切り替えていってました。

 

セリフも歌もびっくりするほど膨大。100分間ほぼ誰かがしゃべるか歌うかしている状態で、キャスト1人ずつのレベルが高くないと全く成り立たなそうな作品でした。

 

上演が発表されたときは、あまりにも豪華なキャストが名を連ねていたため、オフブロードウェイでは無名の役者さんたちをそろえて上演されていたことを知っていた人の中には「なんでこんな有名な人ばっかり集めたの?アンサンブルキャストにも優秀な人は何人もいるのに」と思ってる人も多かったみたいでした。

 

個人的には日本で上演するのであれば、このキャスティングで間違ってないのではと思いました。というか、この豪華メンバーを集めたとしても、当初の私のように「気になるけど観に行かない」という選択肢を取る人もいると思いますし、実際開幕してからも土日公演のA席が買えるくらいだったので…。

 

もしこれが、実力はあるけれど全く無名の役者さんたちを集めて上演!となった場合に(非常に失礼なのは承知の上ですが)まず日生劇場は埋まらなかったんじゃないかなと思っちゃいます。内容的にもっと小さな劇場での上演でもいいかなとも思いましたが。

 

今回の出演キャストさんたちは、「確実に主役を張れる力を持っていながら、今回のような『プリンシパルキャスト横並び』の作品となればそのオーラごと消すことができる人たち」だったので、作品にぴったりかつ実力も申し分ないという、かなり素晴らしい組み合わせだったんだと思います。


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内容自体は、思ったほど起承転結が大きいわけでもなく、比較的淡々と、起こったことをつづっていく構成だった印象です。

 

そもそも主役がいないので、「はい!ここで主役の見せ場です!」みたいなシーンはなくて(強いて言えば、濱田めぐみさんが演じる機長のソロ曲がそんな立ち位置だったかも?)場面ごとにスポットライトが当たるキャラクターがどんどん変わっていく流れでした。それで言うと構成だけは「RENT」っぽいのかも…?

 

ガンダーの人のエピソード、飛行機の乗客のエピソードでそれぞれ色んなシーンが出てきましたが、中でも印象的だったのは、かずっきーさん(加藤和樹さん)が演じていた飛行機の乗客のエピソード。

 

彼はどちらかというと「なんでもいいから早くここ(ガンダー)を出ていきたい」という気持ちが強い人、かつ「見知らぬ土地に滞在してたら、何かしら自分の持ち物が取られるんじゃないか」と常に警戒してる人でした。

 

なのでせっかく「うちに泊まっていきなよ」という親切な人が出てきても、自分が目を離したすきにお財布を抜かれるんじゃないか、と疑心暗鬼になっているんですが、ある日その泊めてくれてる家の人(町長さんだったかな?)が、飛行機の乗客たちの気晴らしのためにバーベキューをするからと、彼(かずっきーさん)に各家庭からバーベキュー用のグリルを集めてくるよう頼むんです。

 

それで、彼はいやいやながら近所を回ってグリルをかき集めるんですが、そのときにみんなが快くグリルを貸してくれた上に、「お茶でも飲んでいきなよ」とあたたかく声をかけてくれたことで、彼は「その日から財布を盗まれることを気にしなくなった」と思えた、というエピソードでした。

 

あとは終始不安そうにしているアフリカの夫婦に、「大丈夫」ということを伝えるため、ガンダーの人(浦井さん)がその夫婦が持っていた聖書のあるページを指して、「あなたたちは大丈夫だ」と伝えるエピソードとか、さまざまな宗教の人たちが、形は違えど「祈る」シーンとか、素敵だなと思えるシーンがたくさんありました。

 

基本的にガンダーの人たちのほとんどは、色んな国籍を持つ飛行機の乗客を温かく迎え入れるんですが、乗客の中には中東出身の方も当然いて、彼にまつわるエピソードはちょっとしんどいものが多かったです。ちなみに演じてたのは田代万里生さんでした。

 

町の人にも飛行機の乗客たちにも警戒され、お祈りの時間は別の部屋に隔離され、ガンダーを飛び立つときも彼だけ異常なレベルの身体検査をされていて…。

 

「同じ人種だからって、彼ら(テロの実行犯)と私たちとが同じだと思わないでくれ」と怒る気持ちもわかりますし、でも正直その場にいたとして、自分が彼と他の人とで全く同じ態度で接することができたかと言われると…。人を見た目で判断しちゃいけないと頭でわかってはいても、きっと本能的に避けてしまうんだろうな…。

 

彼が帰った後、ガンダーの人(柚希礼音さん)の元に彼からの手紙が届くんですが、そこにも「娘を安心して学校に送り出すことができない」といったニュアンスのことが書かれていて、最後までしんどかったです。

 

役者陣は全員等しく素晴らしかったんですが、個人的には柚希礼音さんの「普通のおばちゃん」っぷりがとても素敵だなと思いました。

 

「LUPIN」ではあれだけきらびやかな役柄だったのに、今回はチェックの長袖シャツを腕まくりして、だぼっとしたズボンにスニーカー。そんな恰好もすごく似合っていて、それこそ一番オーラ消してたんじゃないかってくらいでした。


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もちろんミュージカル化するにあたって、その場にいた人たちの心情がすべてリアルに反映されているわけではありませんが、それでもあの惨劇の裏側で、こういった人と人とのあたたかいやり取りが起こってたんだと思うと、本当に人間って人を傷つけることも、人を支えることもできる生き物なんだなと思いました。

 

アメリカ留学中に訪れたグラウンド・ゼロは、その場にいるだけで胸が塞がって苦しくなるような場所でしたが、この作品を見たらあの時の気持ちが少しだけ軽くなった気がしました。観劇できて本当に良かった!